Aさん(75才)の場合。
Aさんには二人の子がいます。長女B子さんと長男C男さんです。
奥様は先に亡くなられております。長男C男さんは、重度の精神的障害を抱えており、身の回りのことを全部自分で行うことができない状態で、Aさんが面倒をみています。
Aさんには、財産の蓄えがあるほか、賃貸マンションのオーナーでもあります。
Aさんとしては、年齢的にこの先もC男さんの面倒をみていけるか心配になってきて、B子さんに助けてもらえればと思っています。 B子さん自身も、C男さんの面倒をみることを承諾してくれており、家族仲は良好です。
Aさんは、将来自分が亡くなったときは、子二人に平等に相続させる予定です。そして、B子さんがC男さんの面倒をみてくれるなら、その費用として、C男さんの相続分の財産もB子さんに託したい、と思っています。
ただ、 自分が亡くなった後も、B子さんがきちんとC男さんのためだけに相続財産を使ってくれるかどうかという心配もあります。
長男C男さんが不自由なく生活が送っていけるよう、生活費が渡るようにしたい。自分自身いつ認知症になるかわからないので、C男さんの面倒をB子さんが確実にみてくれるようにしたい。
Aさん亡き後、援助の必要なC男さんを助けるための方法として、第一には、遺言によってC男さんが財産を相続できるようにする方法があります。
しかし、この方法では、C男さん自身が適切に財産を管理できない恐れがあり、C男さんの生活は保障されません。
第二に、B子さんにC男さんの世話をするようお願いしたうえで、遺言でB子さんに財産を相続させる方法があります。(負担付遺贈)
しかし、この方法でも、B子さんが適切に財産を管理しC男さんの面倒をみてくれるかはわかりません。また、B子さんの手元で、C男さんのための財産とB子さん自身の財産が混ざってしまう恐れもあります。
さらに、B子さんが亡くなった場合、B子さんの財産はB子さんの家族が相続することになり、Aさんとしては自分からB子さんへ相続させた財産はC男さんのために使ってほしかったのに、その要望がかなえられなくなってしまいます。
なにより、Aさんは自分自身が認知症になる可能性もみすえ、今からB子さんに協力してもらいたいと考えているので、遺言による方法では、自身の死亡後についての対策のみになり、この点でも不備があります。
信託のスキームを活用します。
Aさんは、長女B子さんと信託契約をします。
長男C男さんに遺したいとおもう財産(不動産や金融資産など)の管理をB子さんに託すのです。
その財産から得られる収益(賃料収入など)の受取人は、Aさんの生前はAさんにし、Aさんの老後の生活をサポートします。
そして、Aさんの死亡後は、収益の受取人をC男さんと決めておくことで、B子さんは、引き続き財産をC男さんのために管理していくことになります。
さらに、管理を任せたB子さんに報酬を支払う契約もでき、また、AさんとC男さんどちらもが亡くなった後に残った財産を受け取る者としてB子さんを決めておくことで、B子さんに管理の負担だけを負わせることにはならず、B子さんのメリットにもなります。
委託者:A
受託者:B子
受益者:第1 A → 第2 C男
信託期間:AおよびC男の死亡まで
残余財産の帰属先(帰属権利者):B子
二男Dさんがいるが、Aさんとの親子関係はあまりよくない。
Dさんは兄C男さんについて「自分も姉B子と二人でC男の面倒をみたい」と言ってはいるものの、昔からDさんはギャンブルなど浪費癖があり、Aさんとしては「C男のことをDに任せたくない。
B子だけに任せたうえで、自分の死後、さらにC男が亡くなった後には、面倒をみてくれたB子に財産がすべていくようにしたい」。
この場合、遺言でAさんがC男さんに財産を相続させる方法をとると問題があります。
なぜなら、Aさんの相続のあと、C男さんが亡くなった場合、C男さんの遺言がない限りは法定相続分によることになり、Dさんにも財産が流れてしまうからです。
この場合でも、C男さんが遺言でB子さんに相続させると書いておけば、B子さんだけに財産を渡すことができます(兄弟姉妹には遺留分がないため)。しかし、C男さんは精神疾患をかかえているため遺言を遺すことが難しいこともあります。
そこで、信託契約により、Aさんの財産を受益権という形で、AさんからC男さんへ、さらに二人ともが亡くなった時には、残った財産がB子さんへいくように定めておくことができます。
このように、信託を用いれば、相続制度の枠を超えて、委託者Aさんの望むような財産承継を実現することも可能になるのです。