親である自分が施設に入った後、子供のために空き家を売却してほしいケース

事例

Aさんには長男Bさんがいます。
AさんはAさん宅に住んでいます。
Bさんは別居していますが、近くに住んでいます。

Bさんは、Aさんの物忘れが激しくなってきたこともあり、時々Aさんを訪ねては、部屋を掃除したり、お惣菜を届けてあげたり、浴槽やトイレを磨いてあげたりと、こまごまとしたお世話をしていました。

Aさんとしては、お世話をしてくれているBさんに報いるため、次のようなことを決めていました。

すなわち、 自分が施設に入るようなことになったら、Aさん宅と敷地は売って、Aさんの施設代にするほか、面倒を見てくれたBさんの生活費にしてほしいと決めていたのです。
Aさん宅は交通の便が良いところにあり、敷地も広く、Bさんが家を老朽化しないよう清潔に保ってあげていたので、十分高い値段で売れたからです。
しかし、空き家にしてしまうと、きちんと管理しないかぎり、家の中に湿気がたまって腐ってしまったり、敷地に草が生えてきてしまうなどして値段が下がってしまいます。

Aさんとしては、もちろん、Bさんに管理をさせるのは嫌でした。
Aさんは、自分が施設に入って空き家になったらすぐ売ってしまおうと思っていたのです。

Bさんは交際している女性がおり、結婚のため、子供の教育資金のためにもお金があったほうがいい、とAさんは考えていました。
現在、Aさん宅付近で新たな高速道路の整備が決まったことから、現在、土地の値段が高騰しています。
( 後に述べますが、この時点で信託契約を結んでおけば問題は起きませんでした)

ある日、Aさんは親切にしてくれるBさんに対し「通帳を盗んだだろう。返せ」などまったく根拠のないことを言って責めました。
Aさんは被害感が出てきていたのです。
その後も「財布を盗んだだろう」などといってBさんを責め、被害感はひどくなる一方でした。
BさんがAさんを連れて内科へ行き、検査を受けると、医師から「Bさんは認知症だ」との診断が下されました。
Aさんは施設に入ることになりました。

Bさんは、Aさんが、施設に入った後は自宅を売ると決めていたことを知っていたことから、Aさん宅を売却したいと考えました。
しかし、Aさんが認知症を発症している以上、土地を売ることができなくなっています

このような状態になってからでは信託契約を結ぶことはできません(契約当事者のAさんの意思能力が必要です)。

では、このような事態に備えて、Aさんが元気なうちにどのような手段を講じればよかったのでしょうか。

Aさんの希望

自分が認知症になったら、自分の家を売ってほしい

問題点

Aさんが認知症になると、Aさん自身の判断ではAさん宅を売却することができなくなります
売却するためにはAさんの成年後見人が売却する判断をしたうえで、なおかつ、家庭裁判所の許可が必要になります。

しかし、成年後見人はAさん自身の生活のために売却が必要だと判断しなければ売却しようとせず、家庭裁判所も許可しない可能性があります。
そうすると、Aさん宅の売却をすぐに行うことができず、Aさん宅の売却価値が下がっていってしまいます。

また、AさんとしてはBさんの今後の費用に充ててもらうためにも家を売ってほしかったのに、Aさんが死亡して相続が開始するまでは、売却代金はBさんのもとにわたらないことになってしまいます。

Aさんが生前に家をBさんに贈与する方法もありますが、この方法だとBさんに不動産取得税と登録免許税が課されてしまいます。

成年後見人としてBさんが選ばれればBさんがAさんの財産の管理権を持つことにはなります。しかし、成年後見人を選任するのは裁判所であるから、Bさんが選任されるとは限りません。弁護士などが選任される可能性があります。
また、仮に選任されたとしても、利益相反行為となり売却できない恐れもあります。

このような信託をご提案いたします

Aさんの家と敷地を売却するのですから、信託財産はAさん宅とAさん宅敷地です。
Aさんの財産を信託するわけですから、委託者はAさんとなります。
BさんがAさん宅を売却するわけですから、受託者はBさんとなります。
売却代金はAさんとBさんにいくようにしたいので、この二人を受益者にしておきます。

このようにしておくことで、Aさん宅と敷地の所有権は受益権となり、成年後見の財産から外れるので、受託者であるBさんの判断で売却することができるようになり、成年後見人の判断や家庭裁判所の許可は必要ないことになります。

注意点

Aさんが認知症になる前に、信託契約を結んでおく必要があります。

Aさんの施設費のために必要であれば、成年後見人はAさん宅を売却すると考えられるから、信託契約を結ばずに、成年後見人に委ねるという方法でもAさん自身を守ることは最低限できます。
(ただし、Aさんの資産を運用することはできません。また、価格高騰時に売却して高い対価を得ることは期待できません)